〈山の上ホテル 第二章〉最初はホテルじゃなかった…文豪の「定宿」が持つ昭和初期の記憶

技術 Jul 9, 2026 IDOPRESS

「文化人のホテル」「食の山の上」などと呼ばれ、多くの人々に愛された旧「山の上ホテル」。建物の所有者と運営母体は代わったものの、伝統の名前を冠した「山の上ホテル東京」として2027年夏に再出発することになった。約2年前に全館休業した老舗がどのような軌跡をたどって新たな歩みを始めるのか。ホテルの「第二章」を追う。(随時掲載)


前回の〈山の上ホテル 第二章〉

全館休業の老舗…再出発への軌跡解体の危機 乗り越える


◇◇

「山の上ホテルの建物を建てたのは本学の卒業生。これから、きちんと調べなければならないな」

2024年11月15日に明治大が、駿河台キャンパス(東京都千代田区)の真ん中にある旧山の上ホテルの建物と土地を取得したのを受け、大学史資料センター所長だった村上一博法学部教授(現名誉教授)は気を引き締めた。当時は法律考証を担当していたNHK連続テレビ小説「虎に翼」の放送が9月末に終わり、ひと息ついたばかりだった。

佐藤新興生活館発行の雑誌「生活」の佐藤慶太郎追悼号を手に解説する村上一博明治大名誉教授=東京都千代田区の明治大で

◆なぜホテルとして再出発できた?

山の上ホテルは1937年の建設当初、「佐藤新興生活館」という名称だった。明大の前身、明治法律学校の卒業生で石炭商として財を成した佐藤慶太郎(1868~1940年)が主導し、全国規模で展開した生...

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