
原爆の写真(左上)を示しながらテニアン島の戦闘について話す佐藤孝則さん(右)=台東区で
「戦争が始まると、民間人が一番困るんです」。太平洋戦争で激戦となったマリアナ諸島・テニアン島に住んでいた佐藤孝則さん(95)=埼玉県川越市=は、東京都台東区の浅草公会堂で行った講演でこう訴えた。日本本土を空襲し、原爆も投下したB29爆撃機の基地が建設された島で、住民が巻き込まれた悲劇の記憶を語った。(橋本誠)
講演は「戦場体験放映保存の会」(北区滝野川)が企画し、9月22日に行われた。佐藤さん一家は福島県から1933年にテニアン島に移住し、サトウキビ栽培に従事していた。日米開戦後、日本船が米軍に次々と沈められていたため、島に残った。

米軍の攻撃は佐藤さんが13歳だった44年に開始。6月、海を見て驚いた。「サイパン島との間にものすごい数の船団。水平線が見えなかった」。5キロしか離れていないサイパン島からも砲撃を受けた。「偵察機が来た後、ドンドンドンッと音がした。ヒュルルルー、パンッと着弾して破片が飛んだ」
米軍が上陸し、日本軍の組織的抵抗が終わっても、逃避行は続いた。雨が...
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