1945年の敗戦後に南樺太から引き揚げ、今は東京都府中市で暮らす小森良彦さん(97)。28日、新宿区で開催中の樺太をテーマにした写真展に姿を見せ、戦後81年の思いを訥々(とつとつ)と語った。伝えたい思いとは──。(木原育子)
「ソ連軍が来た時、腕にこれを巻いてね」。妹が作ったという赤い腕章を腕にくぐらせた。軍への即席の「忠誠」を誓うためだった。「やっぱりね、自分の命が大事ですから」

「CCCP」の文字が残るフォーク。南樺太から持ち帰った=東京都内で
これ以外にも、持参した巾着には南樺太での思い出の品が入っていた。「ソビエト社会主義共和国連邦」を意味するロシア語略「CCCP」の文字が裏面に残るフォークもあった。
写真展は、元全国紙写真部記者で写真家の広瀬明代さん(62)が開いた。20年以上前からロシアに関心を持ち、2019年に樺太を訪れたほか、引き揚げ者の現状を取材し、撮り続けてきた。その際に小森さんとも知り合った。
小森さん一家は北海道・函館の豆腐店での成功資金を元手に南樺太に渡り、祖父が西海岸の真岡で酒蔵「小森酒造」を開いた。1925年に樺太行啓(ぎょうけい)された摂政殿下(後の昭和天皇)が小森酒造の日本酒「占領」を気に入ったことで成功を収め、有数の豪商に。南樺太では当時、約38万人が暮らしていたとされる。

小森酒造が販売していた日本酒「占領」の包み紙=東京都内で
その真岡で生まれ育った小森さん。一時は東京や函館の学校に通ったが、故郷は南樺太だ。戦...
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