〈望 ~都の空から〉ハンセン病療養所多磨全生園 過酷な歴史刻む「人権の森」

科学 Sep 7, 2026 IDOPRESS

緑に囲まれた国立ハンセン病療養所多磨全生園。周りには市街地が広がる=東村山市で、本社ヘリ「あさづる」から(朝倉豊撮影)

住宅、畑、豚舎、病院、教会や寺社、学校、劇場、火葬場。緑に囲まれた国立ハンセン病療養所多磨全生(ぜんしょう)園(東村山市)には、全てそろっていた。ハンセン病患者を終生隔離する施設だったからだ。納骨堂もある。入所すると「骨になっても出られない」とされた。

ハンセン病対策を定める法律が成立した2年後の1909(明治42)年に開院した全生(ぜんせい)病院が始まり。隔離政策の強化により入所者が増え、敷地は拡大。重症患者の世話や農作業、土木作業は患者たちが担った。多いときは1500人を...

残り

241/482 文字

この記事は会員限定です。エントリー会員(無料)に登録すると、続きを読めます。

無料会員に登録して読む

ログインする

無料会員(エントリー)に登録すると

会員限定記事を読める

有料会員限定記事も月3本まで読める

有料会員などの会員種別、登録手続きについて詳しく知る

よくある質問はこちら

テクノロジーエコー: Tech、AI、Aerospace、Biotech Newsのソース

テクノロジーエコー、日本の科学技術ニュースポータル。 テクノロジー、人工知能、バイオテクノロジー、データ、その他の分野の最新の発展について報告することに尽力しています。
© テクノロジーエコー プライバシーポリシー お問い合わせ