約90年前に建てられた東京都港区の木造洋風アパート群「和朗(わろう)フラット」の現存する3棟のうち、2号館が近く取り壊されることになった。白壁の外観などから一帯はかつて「スペイン村」と呼ばれ、文化人やアーティストらに大切に住み継がれてきた。奇跡的に戦火を逃れ、昭和モダンの空気を伝える貴重な建物群の一角が失われることに、惜しむ人々が存続を求めて嘆願書を区へ提出した。(柏崎智子)

昭和初期に建てられた洋風アパート「和朗フラット」2号館=東京都港区で(川上智世撮影)
和朗フラット1935(昭和10)〜1938年にかけて現在の東京都港区麻布台に7棟建てられた洋館風の木造賃貸アパート群。「和朗」の名は「みんなが和やかに朗らかに暮らせるように」という願いから。家具付きで「トランク一つで入宅できる」といわれた。現存する3棟(1、2、4号館)はいずれも数戸の2階建てで、それぞれ別の個人が所有。4号館は2019年に「国土の歴史的景観に寄与している」として国の登録有形文化財になった。
白いしっくいの壁にスレートぶきの屋根、形の異なるたくさんの窓──。和朗フラットは、日本一高い超高層ビル「麻布台ヒルズ」が面する大通りから路地の坂を少し下った、静かな住宅街にある。それぞれ数戸が入る2階建てのアパートで当初7棟あったが、空襲で焼失したり建て替えられたりして現存するのは1、2、4号の3棟。今回、そのうち並びの真ん中にある2号館が解体されることになった。4号館は国の登録有形文化財の指定を受け、カフェやギャラリーとしても使われている。

近く取り壊される予定の洋風アパート「和朗フラット」の2号館(右)。左の1号館とは中庭の門でつながる=東京都港区で(川上智世撮影)
設計者は、会社員で農業研究者だった上田文三郎氏。建築は素人だったが、米国視察で目にしたコロニアル・スタイル(植民地様式)のモーテルにひかれ、東京で再現しようと自ら図面を引き、1930年代後半に完成した。
白壁やアーチ状の入り口など異国情緒にあふれるが、在来工法で造られ、各棟の配置は江戸時代からの伝統的な長屋風。同じ間取りの部屋はなく、採光や風通しを確保できるよう多彩な窓を配置するなど独自の工夫も凝らされている。

目を引くデザインの2号館の窓や扉=東京都港区で(川上智世撮影)
東京の都市づくりの歴史を研究する法政大の陣内秀信名誉教授は「均一に造ることが当たり前の現代では再現できない。アマチュアならではの自由なアイデアとこだわりが詰まった、他に例のない素晴らしい建物」と評価。造り付けの家具や水洗トイレもあり「都市生活者の暮らしの向上を啓蒙(けいもう)する意図があったのでは」と推し量る。
すぐ近くには戦後、文化人や芸能人らが集い流行発信地となったレストラン「キャンティ」がオープンし...
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