江戸城(東京都千代田区) 世界屈指 広大なスケール 自慢の防御構造 石垣に今も大火の跡

〈関東の推し城〉 かつては戦の場として、また統治の拠点としてあった城。今では、つはものどもが夢のあと-と遠い昔に思いをはせるしかないも...

チップテック May 6, 2026 IDOPRESS

〈関東の推し城〉

かつては戦の場として、また統治の拠点としてあった城。今では、つはものどもが夢のあと-と遠い昔に思いをはせるしかないものもあれば、郷土のシンボルとして街の風景の中でどっしり構えるものもある。関東各地で本紙記者が選んだ「推し城(おしろ)」をお伝えしていきます。

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徳川家康らあまたの将軍が居住した江戸城郭は東京駅から徒歩10分ちょっと。現在の皇居や付属庭園・皇居東御苑あたりに中心があった。1868年に皇居となり、修繕しながら使い続けてきたため江戸の痕跡を残す遺構も少なくない。

江戸城の見どころを案内してくれた渡辺功一さん=いずれも東京都千代田区で

「日本最大、世界でも屈指の大きさの城郭。見どころが詰まっている」。時代小説好きが高じて約20年前に歴史探訪サークル「大江戸歴史散歩を楽しむ会」を発足させた代表の渡辺功一さん(74)=練馬区=に江戸城の天守台が残る東御苑を案内してもらった。

大手町に近い大手門から入ると、実感するのは江戸城の守りの堅さ。入城してもすぐに櫓(やぐら)を載せた城門がもう一つある。「突破してもすぐに足止めを食らい、櫓門から狙い打ちされる」(渡辺さん、以下コメント同)という枡(ます)形門の構造だ。二つの門で入り口の向きを変えており、方向感覚を狂わせる狙い。ほかの多くの門にも採用されている。

大手門から先へ進んでも、整然と積まれた石垣と城門の痕跡がいくつも現れる。近くに警備詰め所の「番所」があり、現存するだけで約200メートル区間に同心番所、百人番所、大番所と三つある。登城者を厳しく監視していたと想像させる。

火災の跡が残る中雀門跡の石垣

本丸を目指して坂を上ると、本丸手前に「中雀(ちゅうじゃく)門跡」がある。その石垣の石は現在も黒く焦げてひび割れた跡がある。「1657年の明暦の大火で焼け落ちた天守台の石垣。白石は瀬戸内産の花こう岩、黒石は伊豆石で、十分に使えるし、入城する際、江戸を焼き尽くした大火を忘れさせない狙いもあって使われ続けた」

中雀門跡から坂を上がると、眼前に広がるのが広々とした本丸跡だ。13ヘクタールの本丸大芝生には江戸時代、幕府の中央政庁としての機能を持つ「表」、将軍の執務や生活エリア「中奥」、さらにその北に女性だけの「大奥」があった。中奥と大奥の間は厳重に仕切られていたとされ「女の園へ男を入れない名目...

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